しぜんてんじしつ みんぞくてんじしつ れきしてんじしつ ほーむ

ここがポイント あかがねかいどう

おおまままち(きりはら)のどうぐらのしゃしん  江戸時代(えどじだい)には、足尾銅山(あしおどうざん)から江戸に、たくさんの銅が馬を使って運ばれていたんだ。銅を運んだその道は、銅山街道と呼ばれていたんだって。銅は、「あかがね」とも言われていたからだね。
 また、そのころの大間々は、宿場町として、とてもさかえていたんだ。街道のとちゅうにあった大間々では、たくさんの人が立ち寄ったり、泊まったりしていたからなんだ。大間々は、宿屋や店がたくさんあって多くの人でにぎわって、その時に銅を安全に置いておくための蔵(くら)、銅蔵(どうぐら)もあったんだ。

※江戸時代(えどじだい) 江戸幕府が開かれた1603年から、明治時代が始まる1868年までのころをさす。江戸は、今の東京。
みどり市大間々町(桐原)の銅蔵
どうぐらいりぐちのしゃしん
銅蔵の入口

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