栃木県のいちばん西にある町で、むかしは銅のとれる場所としてたいへんよく知られていたんだ。江戸時代の1610年に、足尾の山から銅が発見されて、それから多くの人びとが足尾に集まっていったんだって。その人たちは、銅の混じっている石を山の中からとったり【=採石(さいせき)】、その石から銅をとり出したり【=製錬(せいれん)】する仕事をしていたんだね。
明治時代(1868年〜1912年)になると、外国からの進んだ技術も入ってきて、銅の生産はどんどん伸びていったんだ。日本で生産される銅のなかで、なんと40%が足尾で生産されたというからビックリだよね。そして、大正時代(1912年〜1926年)から昭和(1926年〜1989年)のはじめまで、銅の産出は増えつづける。わたらせ渓谷鐵道(けいこくてつどう)の前身の足尾鉄道も、足尾の銅をはこぶことなどを目的に、大正3年(1914年)に開通したんだ。
でも、昭和10年(1935年)を過ぎると、足尾の銅の量はだんだん減ってしまう。そして昭和48年(1973年)、とうとう足尾銅山は閉山することになったんだ…。 |
明治10年代の足尾製錬所
現在の足尾製錬所
わたらせ渓谷鐵道
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