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学芸論文

上毛新聞「視点 オピニオン21」より 

 『富弘作品の魅力(3) 「悲しみ」越える重み』

  富弘美術館 主任学芸員 桑原みさ子
 

    冬があり夏があり
  昼と夜があり
  晴れた日と
  雨の日があって
  ひとつの花が
  咲くように
  悲しみも
  苦しみもあって
  私が私になってゆく

 星野富弘さんの詩画作品「悲しみの意味」の詩文です。作品全体をお見せできなくて残念ですが、秋の日だまりに咲くサフランの花が描かれています。

 目を引くのは花びらの美しさ。水をたっぷり含ませて描いた薄紫色の花びらには、どうしてこんなに細く描けるのだろうと思うくらいの、繊細な線描がなされています。サフランは、凍(い)てつく寒い冬や太陽の照りつける暑い夏、風雨に耐え、ようやく一年に一度だけ花を咲かせているのです。この花のように、悲しみも苦しみも乗り越えて「私が私になってゆく」という富弘さんの言葉には、ずっしりとした重みを感じます。

 教員になった直後に起きた不慮の事故は、富弘さんにとっての最大の悲しみと苦しみになりました。事故以前は、器械体操部に属し、ロッククライミングにも夢中で、筋肉隆々の体の持ち主だった富弘さんです。1970年6月の梅雨晴れの日、突然おそったクラブ活動指導中の負傷。首から下の感覚をなくし、9年間の入院生活を送ります。絶望の深淵に立たされ、私たちの想像を超えた苦悩の日々を過ごしたのです。

 すべてともいうべきものを失った富弘さんを、救い上げてくれたのは、献身的な介護を続けてくれるお母さんの存在です。富弘さんが人工呼吸器につながれ高熱にうなされている時など、「わが身を切り刻んででも生きる力を富弘の体の中に送り込みたい」と、お母さんは当時を回想しています。母の愛に呼応するように富弘さんは、作品を制作するようになってから、母への想(おも)いをテーマとする作品を続々と生み出します。

 絵と言葉(詩文)を一体化させた詩画作品の制作は富弘さんを救い上げる二つ目の力です。時間をかけ、一本の線を引き、歩みは遅くとも一歩ずつの努力が現在につながっています。入院中に信仰を得たことも心の平安につながりました。三つ目の救いです。

 絶望の深淵に立たされた富弘さんだからこそ、一輪のサフランの花を見て、自分と重ね合わせることができるのです。すべてを受け入れている富弘さんの言動は、余裕があり、いつも私たちを温かく包んでくれます。

 この作品と向き合う時、これからの私の人生で遭遇するかもしれない困難も素直に受け止めていけそうです。また、それを乗り越えてこそ自分らしくなっていくのだと思うと、心の底から勇気が湧いてきます。

 作品「悲しみの意味」。私の大好きな作品の一つです。

 

 

2015年4月11日 上毛新聞『視点 オピニオン21』掲載 

 

 

2016年 1月 12日更新

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