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学芸論文

上毛新聞「視点 オピニオン21」より 

 『富弘作品の魅力(5) 岩登りの集中力生かす』

  富弘美術館 主任学芸員 桑原みさ子
 

 先日久しぶりに水彩画を描いてみました。その日は、一日がぽっかり空いたのです。日頃から描きたいと思っていたガクアジサイを描くことにしました。

 ごく普通の、道端に咲いている、ちょっと紫がかったガクアジサイを描きたいと思っていました。探してみると気に入った花は見つからず、お昼近くになってようやく2輪見つけることができました。午後から描き始め、1時間半くらいでしたが、集中して描いたので結構疲れました。これ以上続けると、絵がだめになると思い、筆を置きました。絵を描くのには集中力が必要だとあらためて思った一日でした。

 さて、詩画作家の星野富弘さんですが、制作時間は、午前中の、だいたい1時間余りだそうです。一日の中の1時間余りに全神経を集中させ制作しています。富弘さんの集中力と観察力には並外れたものがあります。そのことは、細部までを見つめ描かれた作品からうかがうことができます。

 富弘さんの集中力はどこで培われたものなのでしょうか。その答えともいうべき資料が、現在富弘美術館で開催されている特別展「山に行こう」(9月13日まで開催)にあります。この展覧会では、富弘さんが山をテーマに描いた詩画作品のほか、山にまつわるエッセーや負傷前に使用していた登山道具、当時の写真を特別に展示しています。

 富弘さんは青年期に、ロッククライミングに熱中し、谷川岳や穂高岳の難ルートに挑みます。当時の写真には、傾斜90度に見える崖を登る富弘さんの姿があります。90度どころか登ろうとするすぐ上は、庇ひさしのように、頭の位置よりもせり出している岩場の写真もあります。一歩間違ったら谷底に落下という、まさに死と隣り合わせの危険な岩場です。あえてこういう場所を選んで挑戦しようとする人の気持ちは分かりませんが、並々ならぬ集中力と忍耐力が必要だということは理解できます。

 富弘さんの制作の話に戻りますが、この集中力と忍耐力が、現在の制作活動に生かされているのだと思います。野に咲く花に魅了され、次々と作品が生み出されています。40年余りという長きにわたる制作にも、山で培われた精神が生かされているのではないでしょうか。山への挑戦、花々を描くこと(かつ、描き続けること)、この二つは、あらわれ方としては違うけれど、精神的な部分においては同じ活動であると思います。

 私は、30代半ばまでよく絵を描きましたが、その後、描くことから離れていました。久しぶりに花と向き合い、絵を描き、充実した時間を過ごすことができました。富弘さんのような集中力と忍耐力は残念ながら持ち合わせていませんが、また絵を描いてゆこうと思った一日でした。

 

 

 

2015年7月26日 上毛新聞『視点 オピニオン21』掲載 

 

 

2016年 1月 12日更新

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