このページの本文へ移動

学芸論文

開館25周年記念企画展「はるかなる生命の詩」 

 「感動」の声とともに25年

  聖生 清重
 

はるかなる生命の詩―そして、未来へ―
 富弘美術館は、開館25周年記念企画展のテーマを「はるかなる生命の詩」に設定しました。富弘作品の神髄である「いのちの尊さ・いのちの輝き」を表現した作品の集大成ともいえる今展のテーマにふさわしいのではないかと思っています。星野さんも異論はありませんでした。さらに、このテーマには、必要に応じて副題も付けました。「そして、未来へ」がそれです。今年、古希を迎える星野さんの生命は永遠ではありません。しかし、その作品は限りなく永遠の生命を保持してもらいたい、いや、富弘美術館には保持する使命がある、と考えています。「そして、未来へ」には、そんな思いを込めています。
 2016年は、星野さんがこの世に生まれて70年。新任教師だった星野さんが、手足の自由を奪われた大けがから46年。長い月日が経過しました。大けがによって、突然、生きている限り「天井を見つめるだけ」の人生を余儀なくされた一人の青年。底なしの深い絶望の淵に落ち込んでしまった星野さんは、すべての希望を失ってしまいました。その時、まだ24歳。希望に満ちあふれた青春まっただ中だったのです。
 しかし、励ましの手紙に対する礼状が書きたい一心で、やがて、自分の意思で動かすことのできる口に筆をくわえて文字を書き、手紙の余白に主として花の絵を描くようになりました。絵を描き、言葉(詩文)を添える営みによって、星野さんは新たな生きる希望をつかみました。医療従事者の尽力、母をはじめとする家族の献身的な看護、故郷の旧東村(現東町)の野に咲く花や草木の生命力、さらにはキリスト教の信仰なども新たな希望を後押ししてくれました。
 絶望から希望への道。それは平坦なものではなかったでしょう。おそらく、当事者以外には、本質は理解できない性質のものだと思います。「生かされたいのち」を慈しみ、森羅万象に対して感謝の念を抱き、その上で「いのちの尊さ」と「いのちの輝き」をやさしく表現している星野さんの詩画作品は、絶望から希望への道を歩んできた経験なくして生まれなかったと思われます。
 今企画展では、大勢の人々を魅了する作品が生まれた背景、つまり、先がまったく見えない絶望を経験し、そこから這い上がり、絵を描き、詩を書くことで再び生きる希望とこころの平安をつかみ、詩画作家として生きることで、その希望を実現した一人の人間の根源的な歩みを踏まえて、星野さんの道程を彩ったであろう「輝き」、「光」、「ゆらぎ」、「いのち」、「慈しみ」、「かなたへ」のサブテーマごとに代表的な作品とエッセイを展示しました。
 星野さんは、古希を迎える現在も、絵を描き、詩を詠んでいます。創作のペースは若いころに比べると落ちていますが、創作意欲は一向に衰えず、花に加えて小動物や風景を描いたり、従来は使わなかった絵の具を使ったり、新しいことにチャレンジしています。
 作品とともに、そうした星野さんの生きる姿を記念企画展から感じていただければ幸いです。

心の深奥を揺さぶる富弘作品
 富弘美術館を紹介する際、こう説明するのが常です。「美術館の入り口に立った自分と(作品を鑑賞した後に)出口に立った自分は、同じ自分なのに、どこか違った人間になっていることが感じられる美術館です」。
 群馬県東端の渡良瀬川上流の山間にある富弘美術館は、今年5月に開館25周年を迎えました。累計入館者は660万人を超えました。村立美術館として発足し、その後、町村合併でみどり市立美術館となった富弘美術館が、これほどまで大勢の入館者を迎えることができたのは、星野さんが創作する詩画作品と星野さんの生き方が見る人を感動させるからだと思います。
 来館した一人ひとりが「富弘作品」を鑑賞することで「心の深奥」が揺さぶられる。見る人のその時々の心の有り様によって「励まされ」、「勇気づけられ」、「癒され」、あるいは「慰められる」。その結果、入館前とは違った自分が出口に立っていることに気づかされるのです。
 こうした心の変化は、言い換えれば「感動」だと思います。富弘作品を見て、感動する。だから、自分が違った人間になったように感じる。館内の図書コーナーには、大判のクロッキー帳が2冊常備されています。感想文ノート「ひとこと」です。誰もが、自由に感想を書くことができる感想文ノートは、厚さ約5cmのノートが70冊に達しています。
 「ここへ来て、再び生きる希望を取り戻しました」、「ささくれ立っていた心が安らぎました」、「帰ったら親に感謝しようと思います」、「こころの洗濯ができました」、といった感想集は、富弘美術館の25年の歩みの確かさを証明する貴重な資産だと思っています。
 仮に、10年前に来館した人が感想を記したとします。10年後に再訪してその時の感想を読み返した時、いかなる心境になるでしょう。不幸を克服して獲得した「生」の喜びを噛みしめるかも知れません。「富弘さんのように花と仲良くなりたい」と感じた子どもさんは、どんな青少年になっているのでしょう。膨大な感想文には、来館者一人ひとりの人生の歓び、悲しみ、苦しみが詰まっているように思います。その一方では、富弘作品の特徴のひとつにユーモアがあります。おもわず「クスッ」と笑える作品は、見る人をホッとさせ、和ませます。ユーモアも、また、生きる上で必要な要素なのです。
 ところで、富弘作品の展示は、富弘美術館だけではありません。開館以前から全国各地、海外でも平均10日間から2週間の期間で「星野富弘 花の詩画展」が開かれています。1982年に高崎市で開かれた第1回の詩画展以降、今日までの詩画展開催数は、実に239回(2016年3月現在)にのぼります。海外では、ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ハワイ、ワルシャワなどで開かれました。こうした詩画展の累計入場者は、約200数十万人を超えています。
 生きる力である感動を発信し続けて25年。これまでも、これからも富弘美術館の使命は、富弘作品を通して感動という名の生きる力を発信してゆくことだと思っています。

詩画の公募展
 富弘美術館では、2013年から「詩画の公募展」を実施しています。その2年前に開館20周年事業を一巡した後、次の20周年を見据えた長期構想を検討する中で、星野さんの意向も受けて実施することにしたものです。
 公募展の具体化に当たっては「詩画とは何か」といった、そもそもの定義づけに頭を悩ましました。しかし、別稿を寄せてくださった小澤基弘埼玉大学教授との幸運な出会いがあり、構想は一気に具体化しました。
 また、「富弘美術館ならではの公募展は何か」という課題も議論の中心でした。この問題は、富弘作品を展示する富弘美術館の事業だから、富弘作品の神髄である「いのちの尊さ・いのちの輝き」を表現した詩画作品を募集しようということで決着しました。
 富弘美術館が詩画の公募展を実施することにしたのは、詩画作品を展示する美術館にふさわしい事業だからですが、同時に絵と言葉(詩文)を一体的に表現する芸術形式が豊かな可能性に満ちているという事実があるからです。星野さんにとって、生きることは、描くこと、です。主として野に咲く花を描き、詩を生み、その両者が次第に接近してきました。花の絵の余白に言葉(詩文)を添えるようになったのです。
 星野さんは、こう話しています。「人が、思いや気持ちを表現する際、絵と言葉が別々より、一体化した方が伝わりやすい」。さらに「絵も言葉も少々、欠けていたもの同士の方が良いような気がする」とも言っています。
 詩画作家としての道を歩む中で、絵と言葉を一体的に表現した、現在の詩画に行き着いたのです。この星野さんの経験から、喜びがあれば悲しみ、苦しみがつきものの人生にとって、詩画制作は心の安らぎをもたらす効果が期待できるのではないか、と考えました。
 公募展は、一般の部と「みどり市小中学生の部」に分けて実施しています。応募点数は、回を重ねるごとに増加しています。第3回目の前回は、一般の部で403点の応募がありました。全国38都道府県と米国、年齢は4歳から100歳まで、幅広い地域、年齢層からの応募でした。幅の広さは予想を超えるものです。
 また、地元みどり市の小中学校が対象の「富弘美術館と連携して豊かな心を育成する」授業実践と関連する小中学生の部には1884点の応募がありました。これは、地域との連携を重視している富弘美術館にとって、大いに意義のあることだと思っています。この連携事業でも、短期間だったとは言え、元中学教師でもある星野さんには、ビデオメッセージでの授業などで協力していただいています。
 第1回公募展の大賞作品は、東日本大震災での被災をテーマにしたものでした。作者である宮城県七ヶ浜町の小野寺忍氏は「被災者の心や気持ちを、何とか伝えたい、と精魂込めて描いた。あの時の風景を再現することの恐怖感や嫌悪感にさいなまれましたが、勇気を出して心のうちを吐き出して少し楽になりました」と話しています。
 詩画という表現形式の豊かな可能性を証明していると言えるのではないでしょうか。子供たちが家族や愛用のスポーツ用具、身近な草花、昆虫・鳥・虫、野菜などに託した思いや感謝も「豊かな心」を強く感じさせます。
 
そして、未来へ 
 開館25周年記念企画展をはじめとする諸事業の統一テーマを「はるかなる生命の詩」に決めた後、美術館開館前から実施している全国・海外での「星野富弘 花の詩画展」の第1回展のテーマが「はるかなる生命の詩」だったことに気づきました。
 富弘美術館の開館を強力に後押しした「花の詩画展」の最初のテーマと開館25周年のテーマが、期せずして同じだったことは、このテーマが星野氏の生き方と「富弘作品」にもっともふさわしいからだと思います。「はるかなる」には「永遠」の願いを込めていることは言うまでもありません。

 

(せいりゅう きよしげ/富弘美術館館長)

 

 

2017年 1月 13日更新

このページに関するアンケート

このページは見つけやすかったですか?

このページの内容はわかりやすかったですか?

このページの内容は参考になりましたか?

このページに関するお問い合わせ

教育部 富弘美術館
電話番号:0277-95-6333  FAX番号:0277-95-6100
メールアドレス:tomihiro@city.midori.gunma.jp