学芸論文 季刊「富弘美術館」より
ペン画の魅力
富弘美術館学芸員 桑原 みさ子

星野富弘のペン画は、彩画の陰で、あまり目立つことはない。しかし、ペン画作品に向き合ってみると、鋭い観察力に裏付けられた的確な表現とデッサンに圧倒される。
色味を削ぎ落とした無彩色の世界。材質・技法を変え、構図を考慮し、質感・空間表現を自在に操り、星野は、静寂な世界をつくりあげている。
油性と水性の黒色サインペン、黒色と灰色のフェルトペン(水性)を併用して、変化を持たせている。例えば、作品「れんげそう」では、輪郭線には主にサインペンを用い、画面中心から外側に向けて黒色フェルトペンの濃淡で描いて、茎の姿の広がりをのびやかのものにしている。同時に、ほぼ中心に置かれた二輪の花の、にじませて描いた青みがかったフェルトペンの黒が、画面全体を引き締めている。
また、サインペンのみで描かれた作品にもさまざまな方法をとっている。作品「こでまり」にみられる精緻な輪郭線による線描表現。同じ線描でも作品「さくら」では、幹の部分にみられる、形を探り出すかのように用いられたリズミカルな線の姿。作品によって巧みに表現方法を変え、花の持つ美しさをつかみ現すために、最も適した方法を用いようとしている。
星野は、制作所感の中で「絵に関する知識はないが、自然の花をそのまま写してゆけば、良い絵が描けると思った…」というように、本格的に絵を学んだことはないが、本来持っている観察力と美的感性が、このような作品を生み出したといえる。
ペン画は、1980年から1991年までの11年間に渡って制作し、朝日新聞「月のこよみ」に1981年より1991年まで連載された。このころは、出版活動もさかんに行われ、結婚もし創作のパートナーが母から妻へと代わり、詩画展も全国各地で開催され、より充実した制作がなされた時期である。ペン画に添えられた詩文に、充実した日常の中の小さな輝きを捉えたものが多くみられる。
ペン画に関するルーツは、幼少期に山間の自然の中で育ったことに加え、恩師からの影響に探ることができる。中学時代に出会った美術教師から多大な影響を受け、星野は、自然の美しさと絵の魅力に目覚めている。恩師がペンで描いた後につばきをつけてぼかしている様子を真似して、大学時代には、ペン画のスケッチを描いている。このような健常時におけるペン画の魅力との出会いが、負傷後に引き継がれている。
ペン画に見られる繊細な表現は印刷物では出しにくいところがある。ペン画こそ、オリジナルをじっくり観ていただきたい。今秋、富弘美術館では、ペン画の特集展示を予定している。
季刊「富弘美術館」NO.8 2007年夏号(2007年5月発行)より
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